ちょっとシニアチック Watercolor by Osamu 水彩画家のロス日記 Watercolorist Diary

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カテゴリ:過去日記( 33 )


2018年 05月 09日

1975年6/5/

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6/5/1975/

現在、私の元にある日記で1番古い日付のものは6月5日
1975年である。その日、私はどこで何をしていたのか。
スナックバー「キャニオン」で働いていた。私はギター弾
き語りをするミュージシャン、バーテンダー、スナックの
クックをしていた。

10人ほどで満員になるカウンターだけの小さな店。働い
て金を貯め再渡米する計画だった。最初の渡米から2年半。
〇〇〇万近くまで金がたまった。次は渡米の準備だ。

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by shinia62 | 2018-05-09 12:58 | 過去日記 | Comments(2)
2017年 03月 22日

過去日記

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過去日記(1977年)

この年の夏、ライマット(オリジナル絵画制作会社)をレイオフされ
る。仕事が少なく会社に居てもピースワークで給料が支給される従
業員に収入は無く辞めるしかない。

私は直ぐ新しい仕事を探した。運良く同じ内容の別会社を見つけた。
しかし、此処でも原画を描く仕事はそれほど無い。一週間ほど絵を
描いた後は家具店や庭の飾りなどに使う動物の彫刻に色をつける仕
事に回される。少々屈辱的な仕事だが金は欲しい。画家として成功
するために頑張るしかない。そんな思いを胸にダルメーション犬の
形をしたサラミックに黒いスポットを塗る。

この会社は原画制作の他に色々やっていた。木箱の模様入れや壁掛
けのようなものまで。なので陰りが出ているこの業界で長続きして
いるのだろう。

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by shinia62 | 2017-03-22 00:06 | 過去日記 | Comments(4)
2017年 02月 15日

あれから40年 #9 

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1/2017/ライマットその2 

 韓国系、メキシコ系、日系、国際色豊かな絵描き達。仕事に慣れる
と私も余裕が出て来た。中には大声で歌を唄いながら絵を描いている
輩も居る。ラテン系は楽天的。

 仕事を得て二ヶ月後ホリデーシーズン突入。仕事が少なくなると言
う事でレイオフが始まる。私はまだ新人であったがレイオフを免れた。
ラッキー。

 感謝祭、クリスマス、そして新年が過ぎるとレイオフの画家達が戻
って来て何時もの賑やかな職場に成った。この会社でアクリル絵の勉
強をみっちりさせて頂いた。残念なのはこの絵の具が私の好みでない
と言う事だ。ここへ来るまで墨絵、水彩画をやっていた。将来は水彩
画で頑張る気持ちになっていた 。しかし絵の具は違っても絵を描く
事に代わりはなく良い勉強に成ったと思う。

 この仕事だけでは食べて行けないので夜のギター弾きも続けた。こ
ちらはレギュラーから他のギター弾きのスタンドバイに変更。昼の仕
事が有るので、レギュラーでは身体がもたない。代役仕事だが結構有
って寝不足の日も多かった。

 どちらの仕事も私にとっては腰掛け程度。この地で暮らす為にどう
しても欲しいものがある。其れをどう取得するか具体的なアイデアは
無い。しかし行動する時が来た。(続く)


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by shinia62 | 2017-02-15 09:27 | 過去日記 | Comments(2)
2017年 01月 23日

あれから40年 #8 (1976年)ライマット#2

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 実は1976年後半から私は画家として働いていた。ある会社のお
抱え画家である。どんな仕事なのか説明しよう。会社名は「ライマッ
ト」。安ホテル 、モーテル、オフイスなどの部屋壁を飾る絵を製作
する会社である。セールスマンがそれらのビジネスを回り注文を取る。
彼等は部厚いカタログ本を持ち歩いている。カタログには会社のデザ
イナーが描き上げたサンプル作品画像が満載されている。注文が来る
とライマットの雇われ画家が(私がその一人)そのデザインを元に何
十枚、時には何百枚にもなる同じ絵を描き上げる。大量生産による絵
画制作会社 である。給料は描き上げた枚数で支払われる。作品一枚で
貰える報酬は驚く程少ないので、1日何十枚何百枚の作品を仕上げな
ければ生活が出来ない。過酷な仕事なのだ。

 入社の後、二週間のトレーニングがある。使われる絵の具はアクリ
ル。早く描くのが仕事なので、そのためのテクニックや使う道具など
の事を教えられる。トレーニング期間が終わると仕事が貰える。私の
初仕事は小さな作品だった。野菊の花を散らしたようなつまらないデ
ザインだった。其の絵を300枚描くのである。一枚描くと75セン
トくらいだったと思う。しかも慣れていないので監督の罵声が飛ぶ。
そうこうするうち仕事に慣れて来る。枚数をこなすテクニックが身に
付く。如何に手を抜きそして仕上りを良く見せるか。(話は続く)


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by shinia62 | 2017-01-23 08:14 | 過去日記 | Comments(2)
2016年 10月 05日

あれから40年 #7 (1976年)

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 初の水彩画展示即売経験。私が手伝っていた日本食のレストラン
で客に教えられたアート・クラフトショーへ初参加した。週末の土、
日2日間のショーである。展示用のパネルは自作。看板屋の経験か
ら多少の大工仕事が出来るのだ。長持ちするよう頑丈に作ったので
重いけれど頼れるパネル達だ。その証拠に40年後の今(2016
年)現役で使っている。  

 最初の日、朝早くから現場へ出掛けた。その場所はショッピグ・
エリアの芝生のあるところ。近くにはホテルもあって人通りはあり
そうだ。現場へ着くと管理者がその日集まったアーティスト達の場
所を決める。私は初心者なので大人しく指示を待った 。中には古
株らしいアーティスト達が場所のリクエストをする。小さな場所な
ので、どこでもそれほどの違いはなさそうである。

 と思わないとやっていられないアーティストの世界。


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by shinia62 | 2016-10-05 11:08 | 過去日記 | Comments(2)
2016年 09月 24日

あれから40年 #6  (1976年頃)

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 一方この年の(1976年)9月、其れまで手伝っていた日本
食レストランを辞めた。一カ所に長居せず前進しなければ成らな
い。しかしその後もレストランの看板やメニューの仕事を引き受
けた。他の店の看板の仕事も時々有り、結構生活費を稼げた。

 そのころ働いていたハリウッドのピアノバーは日系人の経営だ
った。客は日本人が殆ど。結構広い店内の片隅にグランドピアノ
が置かれている。その回りにはピアノの形でカウンターが作られ、
歌の好きな客がそこに座りピアノ伴奏で歌うと言う場所だ。カラ
オケが流行る前のことである。私の仕事場はそのピアノのある場
所。そこでギターを弾く。私の仕事も客の伴奏が中心。唄う客が
居ない時は弾き語りもする。ピアノの上にはチップ用の大きなブ
ランデ ーグラスが置かれている。そのチップが私の生活の糧と
成る。給料も出るが雀の涙程。ストリート・ミ ュージシャンと
あまり変わらない仕事なのだ。働く時間は午後9時から翌朝2時
まで。アメリカで初めての夜の仕事である。
 
 アメリカ生活はゆっくリと動き始めていた。


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by shinia62 | 2016-09-24 11:18 | 過去日記 | Comments(2)
2016年 09月 21日

あれから40年 #5 (1976年)

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 その頃の私はレストランを手伝いながらアパートで絵を描いた 。
そうこうするうちこれらの絵をレストランの壁に展示することを思
い付いた。運が良けりゃ売れる可能性もある。其れを見越して値段
を付けた。給料が安いので生活費を稼ぐにはいろんなアイデアを実
行するのみだ。他に三角形の小さなスタンドを作った。これには私
の水彩画と簡単な日本語=英語を書 き客が日本語を学べるようにし
た。おはようとか。こんにちわ、ありがとうなどの挨拶程度の物だ。
簡単なテーブルの飾りだ。これが私の水彩画の宣伝になるかも知れ
ない。どんなことでもやらないよりやる方が良いチャンスがあるだ
ろう。

 実際、其れを話題に壁に飾られた絵の宣伝が出来た。客からの良
い反応があった。何点か売れて有頂天に成ったのもその頃だ。其れ
まで自分の絵を売ることを考えた事が無かったから嬉しさ一杯。そ
んな時店に良く来る客に近くで行われているアートクラフトショー
の事を聞いた。場所代を払い自分の作品を展示販売出来ると言う。
その頃の作品は日本の墨絵とか日本画スタイルの小さな水彩画作品
だった。

 アートクラフトショーに参加することに成って私の生活に活気が
出て来た。こちらは毎週末に行われていたが、取り敢えず月一回の
ペースで始めた。


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by shinia62 | 2016-09-21 10:53 | 過去日記 | Comments(2)
2016年 07月 08日

あれから40年 #4 (1976年 運転免許)

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 日本で車の運転はしていなかった。ロサンゼルスだってバスで移
動すれば問題は無い。そう思っていた。ところが問題はあった。こ
の年の夏、バス運転手の大きなストがあった。それは36日に及ん
だ。

 私はその頃ピアノバーでギター弾きのアルバイトを始めた。住ん
でいたサンゲーブル市からハリウッド迄バスで通う。その距離は3
2キロもある。バスが無ければ仕事は出来ない。急遽車を買った。
ところが免許が無い。それでは免許を取ろう。実行あるのみだ。免
許試験の準備が始まった。

 筆記試験は20の質問が出る。テスト用紙は5種類有るから合計
100個の質問を全部英語で覚える。どの試験用紙が出ても大丈夫
と言う訳だ。嫌いな英語もその気になれば頭に入る。生まれて初め
てハンドルを握った運転練習は合計1時間足らずであった。急いで
試験場へ向かう。結果、筆記試験は満点、実地試験は80点で免許
が取れた。しかもその費用は僅か3ドル50セントである。 グレー
トカントリー、アメリカだと感激する。

 何はともあれギター弾きの仕事を失わずに済んだ。


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by shinia62 | 2016-07-08 11:22 | 過去日記 | Comments(2)
2016年 06月 11日

あれから40年 #3 (運転免許を取る気になった訳)

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1976年6月 #2 (運転免許を取る気になった訳)

 ロサンゼルスで車の運転をする気はなかった。バスで移動すれば
良い。そう考えていた。ところがだ、ある日突然バスが動かなくな
った。運転手のストライキだ。これは一ヶ月以上続いた。

 その頃レストランを手伝いながら夜はハリウッドでギター弾きの
バイトをやっていた。何でそうなったのか。有る日、日本人の知り
合いと一緒にハリウッドに近い小さな日本食レストランへ行った。
夜も遅く客は私たち二人だけだった。そんな事もあり遊びで店に置
いてあったギターを弾かせてもらう事になった。すると店のオーナ
ーが「私の知り合いがギター弾きを探しているよ」と店を紹介され
た。話はどんどん進み、気が付いたらピアノバーでギターを弾いて
いた。レストラン手伝いのためサンゲーブル市に住んでいた私はそ
こからバスでハリウッドへ通っていた。ハリウッドの職場迄30キ
ロはある。バスが無くなったらどうすれば良いのか。

 答えは、バスが無ければ車しかない。急いで中古の車を買った。
しかし、良く考えたら私は車の免許を持っていない。急いで取らな
くてはならない。日本で運転歴もない私が簡単に免許をとれるのか。
それ迄はどんな方法でハリウッドまで通うのか。免許取得迄の厳し
い道のりが始まった。


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by shinia62 | 2016-06-11 11:26 | 過去日記 | Comments(0)
2016年 06月 04日

あれから40年 #2 

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6/3/2016/金

上の作品は40年前に描いたものです。確かではありませんが。な
ので「あれから40年」のアイコンとして使います。この風景は私
の生まれ故郷を描いたものです。この絵の中にある家は隣の家です。
と言っても一キロほど離れたところにあるのですが。我が家から一
番近い家なのでお隣さんと呼んでいました。この作品は渡米後に描
いたものです。

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by shinia62 | 2016-06-04 11:53 | 過去日記 | Comments(0)