2006年 03月 17日

私のハリウッド、その始まり。

このブログでは、
透明水彩画とハリウッド映画エキストラ経験を中心に書いて行こうと思っている。
水彩画はビジュアルアート、映画はパフォーミングアート。
言うなればアート系のブログと言う訳だ。

映画との関わりを書くにあたり、話しを少しさかのぼってみたい。

1979年、私は日系人の経営する看板店で職人として働いていた。
その店がスポンサーに成って永住権を申請、
面接のため日本へ帰った年だった。

その年に上映された「1941」と言う戦争コメディー映画が有る。
監督はスティーブン・スピルバーグ。
ジョン・バルーシー、ジョン・キャンディー、ネッド・ビーティー
初めオールスターキャストの娯楽映画だ。
日本から三船敏郎も出演している。


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この映画のプロダクションから私の働く看板店に仕事が来た。
映画のセットに日本文字を書くのだ。
残念ながら私にその幸運は回って来なかった。
この店の大先輩がスタジオへ出掛けて行った。

街の小さな看板店がハリウッド映画と関わる。
そう思うと、訳も無く興奮する私であった。
考えてみると日本語を書ける看板職人がたくさん居る訳も無く、
仕事が来るのは当然と言えば当然なのかもしれなかった。

昼休みに大先輩にその経験を話してもらった。
潜水艦内部のセットに日本文字をたくさん書いたと言う。
「三船敏郎が居て、セットデザイナーにいろいろ助言していたよ」
淡々と語る老齢の先輩の話しを聞きながら、
「ねえ、三船敏郎と話したんだから少しは興奮したら」
と呟く私だった。

それから5年後、1985年。
看板店として独立したばかりの私の元に、
ハリウッド映画プロダクションから大仕事が入ってきたのである。

余談だが、最近小東京で知り合った三郎さん。
この映画にエキストラ出演した。
しかも、撮影中スピルバーグに認められ、台詞のある端役を貰ったのだそうだ。
無理矢理彼に頼んでその台詞を言ってもらった。
「前方○○○角度○○○砲撃用意」
20年以上前の台詞を、照れながらではあるが、
気合いを入れて演じてくれた。(笑)
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by shinia62 | 2006-03-17 10:16 | はりうっど、ハリウッド | Comments(4)
Commented by Marrrsan at 2006-03-18 14:08 x
いよいよ始まりましたね、エキストラ物語。
これから楽しみです。
面白おかしいそして時に涙涙の感動のストーリーを待ってます。
(プッレッシャーをかける)
Commented by shinia62 at 2006-03-19 11:11
ま〜さんのリクエストにより
ハリウッド映画エキイストラ物語始めました。
具体的なリクエストを考慮して
素晴らしい長編ドラマに仕上げたいと思います。
言われて気が付きましたが、
急ぎ過ぎてドラマを忘れてました。
次回からは手に汗握るスリルと感動。
そして感激の涙を盛り込んで行こうと思います。(笑)
Commented by ルーシー at 2006-06-07 21:57 x
 はじめまして、私も三船敏郎さんに興味を持つひとりです。
 あれほど国際的にも有名な俳優さんは日本でも数少ないですね。
そんな三船さんは、大スターであっても機材運びを手伝ったり、気さくな方だったようです。
 私も三船さんの記事をブログで書いてみました、よかったら遊びにいらして下さいね~、ではまた!

Commented by shinia62 at 2006-06-08 00:56
今のところ三船敏郎を上回るスターは居ませんね。
渡辺謙が頑張っていますが。
アメリカは撮影現場の受け持ちがはっきりしていて
他の人が手を出す事は有りません。
日本は1つのグループとして、
俳優がもの運びを手伝ったりするそうですね。
ブログ拝見させて頂きます。


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