ちょっとシニアチック Watercolor by Osamu 水彩画家のロス日記 Watercolorist Diary

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2012年 12月 03日

楽器その4

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 私が小学校へ通っていた頃ハーモニカが子供達の間で流行っていた。私も憧れたものだ。子供の頃に欲しかったものは他にも沢山有った。スキー、自転車、カメラ、携帯ラジオなど。しかし家は貧しかったし、自分で買うにも小遣いなんてものは無かった。小遣いらしいものは年に一度正月に貰うお年玉ぐらいなのだ。その頃の我家で贅沢品が買える余裕は無く、私が欲しかったものは贅沢品なのだった。今考えると交通機関の無かった田舎の山の中に住んでいたのだから、自転車やスキーは必需品で有ったと思うのだが、そんな時代だったのだ。そんな私だったが何故かハーモニカを持っていた。小学校高学年の頃だ。小遣いを貯めて買ったのか、既に働き始めていた上の兄達の一人が買ってくれたものか全く記憶に無い。とにかくそれが音楽好きだった私の最初の楽器だった。口の付根がひりひり痛み出す程毎日吹いていた。お陰で結構吹けるようになり、学校の器楽合奏でハーモニカを吹かせてもらったりした。学校時代の楽器の思い出はそれだけだった。

 次に手にした楽器はウクレレ。ハーモニカ時代から10年以上経っていた。私が18か19歳の頃だ。看板職人であった私は小樽の看板店で働いていた。仕事仲間に音楽好きが一人いた。ギターと歌が上手い男だった。その彼が手軽に出来る楽器だと仕事仲間にウクレレを勧めた。3、4人がその勧めに乗って弾き始めた。それからは昼休みになるとウクレレの合奏が続いた。ウクレレにはいろんなサイズが有る。一番小型のソプラノウクレレからギターではないかと思うような大型のものもある。それにのめり込んでいた頃は何種類かのウクレレを持っていた事もある。ウクレレは親しみ易い楽器だ。ギタを持つと上手く弾く事を期待されるが、ウクレレは下手でも許される。上手さではなく親しみ易さで人の心に溶け込む楽器なのだ。もっともこれは私の勝手な感想である。そう言えばあの頃日本ではハワイアン音楽が流行っていた。あの頃活躍した歌手達は今何処に。そして次に私が手にした楽器は、、、、、、、、。

 ギターである。それも普通のギターではない。4弦のギターだ。ウクレレの親玉みたいなの。知らない人が多いかと思うがアメリカンフォークソング・グループ「ブラザーズ・フォー」が有名にした。テナーギターとか呼ばれていたと思う。若い頃私達はフォークソンググループを作った訳。それでブラザーズフォーなどをコピーしていた。そして彼等が使っていたような四弦ギターが楽器屋さんに売っていたのだね。日本で大ヒットしたブラザーズフォーの力だと思う。それで即買った訳。四弦のウクレレが弾けたんだ同じ弦数のギターなら大丈夫だろうということだ。何とも乱暴な理由付けだ。

 同じ頃流行ったのがエレキバンド。ザ・ベンチャーズが活躍していた。影響され易い我がバンド・リーダーは、俺たちもやろうと言う。フォークソングと両方をやる欲張りバンドとなった。そして次に私が手にした楽器はなんだったか。それは、、、、、、。

前回より続く

 ドラムだった。ドラムセットを買って皆で叩き始めたら私が最初に叩けるようになった。それではドラムはサムだって事に。かなり良い加減なエレキバンドだ。それは2、3年やってたかな。簡単に作って簡単に解散が我々バンドの特色。その後ギターを弾き始めた。それは結構長く続いた。でもやがて興味が無くなり、ギター達は今でも押し入れに眠っている。そしてまたウクレレでもやってみようかと考えているシニアである。

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by shinia62 | 2012-12-03 08:40 | シニアの時間 | Comments(0)


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